Vol.32│ニューヨーク、3つの出逢い

ヒトからモノから 刺激が楽しい

投稿日:2013,8,8
photo by emilio labrador

 

ある夏の夕暮れどき

こんにちは。東海林弘靖です。暑い日が続いておりますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか? さて、本日はこんな暑い夏の日に想い起こされるある光のシーンをお話したいと思います。それは、数年前の夏の出来事です。某FM放送局に勤めていた知人が悩みを聞いて欲しいということで、外で会うことになった時のことです。

彼は待ち合わせの場所として、渋谷にある高層ホテルのロビーを指定しました。私は少し早く着いてしまったので、ロビーラウンジで冷たく冷えた白ワインをアペリティフとして涼みつつ待つことにいたしました。そこはビルの高層階にあり、2階分の吹き抜けになった広々としたラウンジでした。窓も大きくとられており、ちょうど夕暮れ時の外の光の変化が取り込まれるような空間であったのです。



ブルーモーメントを臨みながら

photo by MIKI Yoshihito (´・ω・)

 

外はオレンジ色の夕焼けからだんだんと暗くなり、青い光に包まれるブルーモーメントが近づいてきている・・・、そんな時間でした。ラウンジ全体を眺めていると、一人のウェイトレスがトレーの上にいくつかのキャンドルを載せ、お客さまのいるテーブルをひとつひとつ廻っていたのです。

実際の会話は聞こえてきませんでしたが、なにか二言三言、声をかけては、テーブルの上にキャンドルを置き、スティックライターで火を点けて行きます。すると、各テーブルにはだんだんとあかりが灯り、ブルーモーメントに包まれた青暗い空間にキャンドルの火が点々と浮かび上がっていったのです。

私はこれを見て、ホテルには「ターンダウンサービス」というサービスがあることを思い出しました。ターンダウンサービスとは、就寝に向け客室のベッドカバーを外しベッドに入りやすいよう整えてくれるサービスのことです。ホテルによっては、すべての部屋の明かりをナイトモードにセットしたり、ベッドサイドにミネラルウォーターとグラスをセットするところもあります。

夜の時間をゆったりと過ごしてもらいたいというさりげないサービスがあるというのはとても素晴らしいおもてなしです。私にはラウンジでのキャンドル点火もそんな素敵なサービスのひとつのように感じられました。




繊細な感覚によるホスピタリティ

建築照明の仕事では、このような「キャンドルを出す」というシナリオを考案することは滅多にありません。私たちは、建設工事を前提とした照明のしつらえをデザインすることがメインの仕事なので、建築が完成した後の運営に口を出すことが求められないからなのでしょう。建築照明の発想としては、照度センサーである一定の暗さを感知し、その後3分間のフェードタイムで夜の照明シーンに切り替える・・・といった発想になるのです。

そんな私たちの発想に比べて、ここでの光を使ったホスピタリティ・サービスは、数段上を行っているように感じます。なぜなら、ここには、照度センサーや自動でシーンを変える調光器ではなく、この空間の光の様子をどこかで見つめているスッタフが、「そろそろ暗くなってきたな・・・」と判断しているのでしょう。そして、ゆったりと少しの会話をもってキャンドルの灯りをしつらえていくという手間をかけているからなのです。ひと手間をかけることを無駄と考えるのではなく、この行為によって、空間に豊かさや温かさが加えられていくと考えるのです。

ここ数年、「照明デザインとは何だろう?」という根源的な問いを自分に向け、「照明は、人生の時間を豊かなものにするもの」という言葉を探り当てました。光は必ず機能や目的をもったものだとわかった上で、この言葉をとらえるときに、毎日のデザイン作業の目指す先が見えてくるのですが、この夏のこの風景こそがまさに私が目指す照明デザインに近いと感じたのです。

建築照明が設備設計の範疇を大きく超えて、ヒトの人生の時間をより豊かなものとするためにはこのような「光のホスピタリティ・サービス」に大いに学ぶ必要があるのでしょう。

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PROFILE
東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

1958年生まれ。工学院大学・大学院建築学専攻修士課程修了。
光と建築空間との関係に興味を持ち、建築デザインから照明デザインの道に入る。1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。2000年に有限会社ライトデザインを銀座に設立。超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。光に関わる楽しいことには何でも挑戦! を信条に、日本初の試みであるL J (Light Jockey)のようなパフォーマンスにも実験的に取り組んでいる。





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