Vol.11│照明業界に取り入れたい“ソワニエ”の目線

愛する気持ちが文化の質を向上させる

画像引用元:flickr
投稿日:2012.09.06

フレンチの世界で大事に扱われるべきお客様とは?

こんにちは、東海林弘靖です。最近ワイン仲間から、フランス料理の世界で使われる「ソワニエ」という言葉を初めて知りました。
 
ソワニエとはフランス語で「大切におもてなしするべき」という意味で、レストランでは最上級のお客様を指すのだそうです。最上級というと大統領やVIPという捉え方もありますが、ソワニエとは何も地位やお金を持った人々に対して使う言葉ではないようです。ワインやレストラン文化を心から愛し、そのお店の思いを素直に感じとって長所も短所もはっきりと言ってくれる、心が通じ合う安定的な顧客といったニュアンスなのかもしれません。
 
サービスする側と受け手側の知識や思いなどが、そこにある純粋な楽しみの度合いを引き上げ、その相乗効果によって食文化が築かれているということなのでしょう。作り手が一方的に「これいいでしょ!」とお仕着せするのではなく、むしろ「今回のは今一つ満足できなかったかも・・・?」みたいなコメントが寄せられるほどに作り手と受け手との極めて対等な関係があることに、心揺さぶられました。この価値観には、まさに目からウロコだったのです。
 
そして、もちろんなのですが、この考え方は是非、我らが照明の業界にも取り入れられれば!と思ったのです。



ソワニエの定義

そこで、まずソワニエとはどんな存在なのかをちょっと考察してみました。極めて純粋かつ非常に繊細で深い資質を持ったお客様のことのようですから、お店としても中途半端なサービスは出来ません。そのお客様が来ると身の引き締まる思いでもてなし、またお客様自身もそれを楽しみにして通うといった感じ・・・そんな関係がとても面白いのでしょう!
 
ここでひとつ思い出したお話があります。それは、以前照明デザインを手がけさせていただいたあるバーの女性バーテンダーの話です。
 
彼女が勤めるバーは銀座にありました。そして、そのバーには毎晩かならず通ってくれる初老の男性がいました。その方は毎日カウンターに着座されると、必ず「サイドカー」というカクテルを頼みます。毎日対応している女性バーテンダーが「いかがですか?」と問うと、一言「まずい」と答えるのだそうです。次の日もまたサイドカーを頼み、「いかがですか?」と聞くと、「まずい」と答える・・・。

ともすれば、彼女も何がマズイのだろうと考え、そのお客様がまた来たときはちょっと作り方を考えようと思いながら、またサイドカーを出すのですが、やはり「まずい」と言われるのです。

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しかし、ある時、その男性は別のバーに行って同じようにサイドカ―を注文し、ひと口飲んだところでこのように語ったということです。「・・・・ばかやろう!こんなのはサイドカーじゃない!サイドカーの作り方は○○ってバーのバーテンダーに聞いて来い!」と、その女性バーテンダーの名前を挙げられたというのです。
 
つまり、その初老の男性は彼女のサイドカーをこよなく愛して毎日通っていたということが初めて分かったのです。認めているからこそ、「まずい」という言葉で彼女のバーテンダー魂に火をつけ、向上心を引き出していたのかもしれません。ちょっと不器用ではあるけど、彼こそがきっと、作り手の技量を極めて厳しく、しかし愛を持って見守っている「ソワニエ」と言えるのではないかと思うのです。



「いいね!」だけではなく、批判も大事に

飲食業界では辛口な意見も含め、厳しい評価基準をもって料理を食することをこよなく愛している人がたくさんいます。フランス料理の世界は、そんなソワニエという高度な次元のお客様がいることがサービスする側のシェフやソムリエなどの技量を高める重要なカギとなっているのでしょう。
 
照明の世界にもそんな人たちがいれば、もっと照明も上質なものへと高まっていくのではないかと期待します。照明デザイナーはもちろん、照明器具を作っているメーカーも、愛ある批評や意見に応える形でより真剣に取り組めるのではないのでしょうか。
 
たとえば、以前照明デザインを依頼された「Fujiya1935(外部サイトへ)」という大阪のレストランのシェフは、まさに私にとってのソワニエだったと思います。彼はすでに私の著書「デリシャスライティング」も熟読してくれており、照明についての造詣も深かったのですが、私が最初に提案した照明デザインをそのまま鵜呑みにすることはありませんでした。
 
プレゼンテーションに対して、いいねとは言っていたものの、最後の最後、帰る段階になって「東海林さん、最後に聞きたいんですが、これって本当に料理が美味しく見える、いっちばん最高の照明ですか?」と聞いてきたのです。よくよく、考えると私もレストランの人が扱いやすいようにとメンテナンス面も考えたプランを提案してましたから、料理が美味しく見えるいちばん最高の照明という意味ではクリアしていませんでした。そして、この一言から「Fujiya1935」では料理が美味しく見える、美術館レベルの照明を導入することとなったという訳です。
 
レストランやバーでは、料理や飲み物を頼んでただ「おいしい」だけではない、いろいろな気持ちや表現があります。照明の世界にも同様に「美しい」「きれい」だけではない表現によって、照明の楽しさやそこで過ごす良き時間を築いていけるのではないでしょうか。それは時に厳しい意見も含まれるかもしれませんが、愛ある批判もまた照明業界の向上にきっとつながることと思うのです。照明デザインの世界に必要なのは、こういった「ソワニエ」的な方々の出現なのではないかと思うのです。

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PROFILE
東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

1958年生まれ。工学院大学・大学院建築学専攻修士課程修了。
光と建築空間との関係に興味を持ち、建築デザインから照明デザインの道に入る。1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。2000年に有限会社ライトデザインを銀座に設立。超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。光に関わる楽しいことには何でも挑戦! を信条に、日本初の試みであるL J (Light Jockey)のようなパフォーマンスにも実験的に取り組んでいる。






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