日本には古代より祭事や神事、あるいは生の営みに必要な灯火がありました。これらの灯火は、時代を越えて息づいているものもあれば、影を潜めてしまっているものもあります。LEDが世の中の話題を席巻している今、いったん足をとめて日本の灯火をじっくり再見し、灯の源について想い起こしてみることが大切だと思います。「新日本光紀行」は、私たちの祖先がつくり出してきた美しい灯火の姿に心を馳せ、日本人の心に宿る灯火に先人たちの「あかり」への思いを学ばせていただきたいと考えています。



其の二/灯の道具「東海道あかり博物館」



東京から新幹線で1時間半も行けば、おだやかに凪ぐ駿河湾と海よりも広い空が視界に広がります。
かつて宿場がおかれた静岡県、由比。少し傾斜のきいたアスファルト道は、一軒の旅籠風古民家へと導いてくれます。

東海道あかり博物館

館長の片山さんが、趣味で長年コツコツと集めてきた灯を展示する個人博物館です。ひとつ、他の施設と違いこだわっているのは、訪れた人に必ず灯をともして見せていること。そのため、灯の道具はきちんと手入れがなされています。そのままでは何も語らない道具に再び灯がともされると、その時代の人と灯との関係が見えてきたのです。

訪れる人、一人一人にじっくり時間をかけて説明してくれる片山さん。「これはね...」とはじまる数々のお話を聞いていると、奥様が気を利かせて館内の照明のスイッチを落としてくれます。

それまでとは一変。
ともされた灯ひとつひとつが際立ちを見せるなか、真っ先に目についたのは結灯台の背後の壁にうつしだされた影。3本の足で支えられた結灯台は、灯台のなかでも一番原始的な道具。油を注がれた灯明皿に灯芯を浸し、掻立てという重しで灯芯の位置を固定します。私の目の前にあった小さな掻立ては、30cmほど離れた後ろの壁に10倍くらいの大きさで影になって現れたのです。この灯が使われた当時、人々は映し出された影の様子にみとれ時を楽しんだといいます。

必見すべきは本来の役目。掻立ての位置を灯明皿の端にもっていけば、灯は大きく明るくなり、逆に戻せば小さく暗くなります。
なんと驚くべき!灯芯の長さを変えることによって、光量を調節する機能をもっていたなんて。実は800年以上も前から調光という考え方はあったのです。しかも、ただの調光装置で終わらず、当時の日本人の遊び心を織りなす技がかくれた、空間に雰囲気を漂わす仕掛人でもあったのです。

東海道あかり博物館で見た灯の道具たちは、骨董品としてただおもしろいだけでなく、そこに灯と人の関係が宿っている、いわば生き証人のようなもの。これらの道具がつくられた時代は、今よりずっと夜は暗かったはずです。そのなかで与えられた微かな灯火に大きな期待を寄せ、それゆえに当時の灯には先人たちの知恵と工夫が見られたのではないでしょうか。
明るさを希求する現代とは、また違った価値観に気づかされます。

照明の役割とは何なのか、背筋をシャンとさせられ、ここでの1日に心温まる気持ちになって帰っていったのです。

Information

東海道あかり博物館 | とうかいどうあかりはくぶつかん

東海道五十三次、16番目の宿場がおかれた静岡県、由比。土間づくりの館内は中央に囲炉裏のある畳座敷を配し、その四周の壁に沿って片山さんが集められた灯の古道具が並べられている。季節に合わせて入れ替えも行っているため、その時々で体験できる灯も違ってくる。

[御所]
〒616-8436
静岡市清水区由比寺尾473-8
TEL:054-375-6824
[経路]
JR由比駅より徒歩10分


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ペコ・チャン = 本名/安田真弓
ライティング・デザイナー
LIGHTDESIGN INC. 所属

神奈川県生まれ、群馬県育ち。学生の頃は照明の研究室に所属し、アカデミックな世界で研究生活を送る。2011年LIGHTDESIGN入社。日頃はLIGHTDESIGNのキュレーターとして照明、建築など多岐にわたる情報収集にもいそしむ。今はデザイナーとしての経験値を積み、将来へのヴィジョンを求めて、ひたすら知見を広めているところ。理系デザイナーでありながら図書館司書の資格も持つので、将来は「照明デザイナー」のタイトルを超えて、もうひとつの肩書きをもとうと日々企んでいる。ペコ・チャンは、もちろん愛称で街角で見かけるケーキ屋さんの前に立っているフィギュアに少し似ているから・・そう呼ばれるようになった。

 

其の一/供養の灯「化野念仏寺」其の一/供養の灯「化野念仏寺」

其の二/道具「東海道あかり博物館」其の二/灯の道具「東海道あかり博物館」

其の三/会津絵ろうそく「小澤蝋燭店」其の三/会津絵ろうそく「小澤蝋燭店」

其の四/不滅の法灯「比叡山延暦寺」其の四/不滅の法灯「比叡山延暦寺」

其の五/お浄めの灯  「お水取り(東大寺二月堂修二会)」其の五/お浄めの灯 「お水取り(東大寺二月堂修二会)」

其の六/縁起担ぎの灯「酉の市(新宿花園神社)」其の六/縁起担ぎの灯「酉の市(新宿花園神社)」

其の七/江戸の花火「隅田川花火大会」其の七/江戸の花火「隅田川花火大会」

其の二/道具「東海道あかり博物館」其の八/虹窓 / Natural Color Shadow「曼殊院門跡・八窓軒茶室」

 

 



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