Vol.143|夜の視る照明

生き物が必要とする光の違い
投稿日:2018,08,06
photo by AKITO GOTO

北海道の大自然を望む宿

2018年年6月1日に、3年前から取り組んでいたプロジェクトのひとつ、旅館「奥定山渓温泉 佳松御苑」がオープンいたしました。ここは北海道・札幌市の郊外にある支笏洞爺(しこつとうや)国立公園という広大な自然の中に以前からあった小さな温泉宿を建て替えたプロジェクトでした。

この宿の面白みは敷地が国立公園の中にあり、客室の窓から北海道の大自然が見えることなのです。すべての部屋のリビングやベッドルーム、浴室は森に開かれています。この壮大な大自然に抱かれるようにゆったりと過ごす時間がこの宿の醍醐味です。ここで照明デザイナーに期待されたことは一体何だったのでしょうか?

それは、何とかしてこの素晴らしい森の気配を、闇への惧れを払拭しながら、夜にも感じてもらいたいというものでした。しかし、それには解決しなければいけない大きな問題があったのです。



森を照らすということ

photo by LIGHTDESIGN INC.

佳松御苑が建っている支笏洞爺国立公園は支笏湖、洞爺湖というカルデラ湖、また羊蹄山、有珠山、樽前山といった火山や火山性の湖沼、温泉、さらには原生林が残されて多くの野鳥が生息しているようなロケーションです。宿の全客室がこの原生林に面し、各部屋には森を望む展望風呂もついており、宿泊者は1日を通してその景色を堪能できるよう建築は設計されているのです。

さて、私はせっかくこの景色が1日中見えるのだから、是非夜の森も見せたいというアイデアがありました。しかし、この地球上に生きる照明デザイナーとしての葛藤が生まれます。それは自然の森を、人に見せるため、ビジネスのために軽はずみに照明で照らすということが、許されるのか? 特にサステナブル、エコロジーという今の時代の照明の考え方に照らし合わせてどう考えるのか? 一方、夜の真っ暗な闇に面した各部屋は、そのあまりの闇の重さに耐えることはできるのか? カーテンを閉じて夜の闇の畏怖に耐えなければならないのか・・・?

この相反する二つの状況に折り合いをつけることが私に課せられたテーマとなったのでした。



動植物が見える光の違い

森には様々な生き物が生息しています。まず、下草から木まで様々な種類の植物が生育しています。多くの植物は根から水と栄養分を吸い上げ、光合成によってエネルギーを得ています。それ故、光はたっぷりとあったほうが良いのでしょうが、夜間も人工照明による過剰な光を受けると、過剰に育ってしまうという問題が沸き起こります。すでに夜の道路照明の光によって稲などの農作物の成長が速まってしまい、きちんと実を結ばないという実例も報告されています。
ところがよく調べると、光合成のために必要な光の波長は赤色を中心としたスペクトルです。

もう一つ、森の生き物で注目したいのが昆虫です。昆虫が反応する光は紫外線から青色に渡る光です。世の中には、誘蛾灯という物があって、紫がかった青い光に昆虫が吸い寄せられてしまうのは、その波長を知覚してその光の下に集まってしまうのです。

このようにして森に棲む植物と昆虫が反応する光をグラフに起こしたところ、植物、昆虫が受けとる光の間に谷間が存在することがわかりました。
このかろうじて生じている谷間のスペクトルならば植物、昆虫にはご迷惑をかけずに、しかも人間の眼には夜の森を見ることが出来るというわけです。



夜闇に浮かび上がる森の風景

そして、2017年の夏に私たちはこの森を管轄する環境省の自然保護官の方の立会いをお願いして、森に面した敷地に微かに光を与える実験を行いました。ほんのりと灯った特別なスペクトルの光は、何とも幻想的な森の光景を見せてくれました。

それは月明りのような印象で、大自然にある植物と昆虫の生態系を脅かすことなく、客室の窓からまるで童話の世界のような暗い森を見る照明が完成したのです。この旅館のオープン前に照明の調整のために宿泊する機会がありましたが、夜中に目を覚ますと、窓の外にはまるでグリム童話のような、不思議な世界が広がっていました。

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PROFILE
東海林弘靖 / Hiroyasu Shoji

1958年生まれ。工学院大学・大学院建築学専攻修士課程修了。
光と建築空間との関係に興味を持ち、建築デザインから照明デザインの道に入る。1990年より地球上の感動的な光と出会うために世界中を探索調査、アラスカのオーロラからサハラ砂漠の月夜など自然の美しい光を取材し続けている。2000年に有限会社ライトデザインを銀座に設立。超高層建築のファサードから美術館、図書館、商業施設、レストラン・バーなどの飲食空間まで幅広い光のデザインを行っている。光に関わる楽しいことには何でも挑戦! を信条に、日本初の試みであるL J (Light Jockey)のようなパフォーマンスにも実験的に取り組んでいる。




Vol.141
Vol.141 照明のインフルエンサー?

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Vol.142 恋する照明学

Vol.143
Vol.143 夜の森を視る照明

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Vol.144 水と照明

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Vol.145 ナイトライフエコノミーを考える

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Vol.146 メモと照明デザインと私

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