3月11日の東北・関東大地震で沢山の人々が亡くなられたこと、被災し厳しい状況に置かれている方々に心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。

まだ続く余震と一進一退する原発の先行きの見えない不安は、東日本全体を覆っています。東京では計画停電、夜間照明の消灯。事務所のある街を歩きながら考えました。

「照明は何のためにあるのか?」

高度経済成長期(1960年代)に普及した蛍光灯、それは紛れもなく「幸せのシンボル」でした。白くまばゆい光が豊かさのしるしだったのです。それから50年過ぎた今日、私たちは相変わらず、明るさ至上主義に傾倒しています。「エコ」を掲げてLEDを称賛していますが、それは既得権としての明るさを手放したくないということに基づいた発想なのです。



照明が消された銀座の街を歩いてみました。「そう、皆で電気を大切にしよう!暗い銀座もいいもんだ」と納得してみるのですが、行き交う人々の表情は楽しそうではありません。「やはり、銀座の夜は華やいでいて欲しいなぁ!」というのが正直なところ。無駄は慎むべきですが、大切に丁寧に電気を使い、人々の心を潤す照明、明日への希望を与える光、までも失ってはいけません。私たちは、「必要な光」と「無駄な光」を見極める目を養うことが大事なのです。

これまで「経済」最優先で考えられてきた「照明」という文字の意味がこの辺で大きく仕分けられればいいなぁと考えます。明るいのがいいとか、また逆に暗くすべきだという二極対立的な発想ではいけません。私たちにとって本当に必要な光とは何かを問うべきなのです。


人を元気にする光
人に勇気を与える光
人を癒す光
喜びを大きくする照明
悲しみを和らげるあかり、



などなど、


そもそも「照明」とは、人間の幸せのために工夫されるべきなのです。

東海林弘靖/LIGHTDESIGN INC.




Copyrights (C) 2009 LIGHTDESIGN INC. All Rights Reserved.